Fordの歴史

FORDは世界で最も古い、自動車を大量生産した会社です。

FORDは1903年6月16日、ヘンリー・フォードによって創立され、1905年には日本への輸出を開始しています。

1908年、T型フォードの生産を開始し、1909年には年産18000台(日産50台)を生産。その後、1911年には年産が7万台に到達しました。

フォードは部品の規格を厳密にし互換性を持たせると共に、全米にアフターサービスネットワークを構築し、より一層の販売を達成しました。

1913年、世界初のベルトコンベアによるライン生産を開始し年産25万台を達成、さらに1920年には年産100万台を可能にし、全米の自動車の50%がT型フォードになりました。

T型フォードにより、それまで富裕層だけしか持てなかった車を一般大衆が持てるようになったことが一つの要因ではないでしょうか。

1923年、高級車メーカーであったリンカーンを買収し、リンカーンブランドで高級車販売を開始しました。

1925年、ピックアップトラックの生産を開始しました。

1927年、20年に亘り生産されたT型の生産を終了し、T型の後継として、A型の発売を開始しました。T型は累計生産台数が15,007,033台にも達しました。

1938年、リンカーンとフォードの中間ブランドのマーキュリーブランドを立ち上げ、大衆車から高級車までのフルラインアップを完成させました。

この間、海外進出も活発に行い、ヨーロッパでは1911年にイギリス・フォード、1931年にはドイツ・フォードを立ち上げで生産を開始し、その後の1967年にフォード・オブ・ヨーロッパに統合されました。

日本では1925年2月、日本法人の日本フォードを設立し横浜でノックダウン方式による生産を開始し、年1万台の生産を行い、トヨタ、日産等を上回る日本最大の自動車メーカーとなりました。

日本の富裕層へ自家用自動車を普及させると共に、自動車販売網・ガソリンスタンド等、日本の自動車関連産業の基礎作りに貢献しています。

第2次世界大戦では、軍用車を供給するだけでなく、B24爆撃機を大量に製造し、戦後は1949年、戦後初の新型モデル、フォード・カスタムを発売し人気を得ました。

その後、フェアレーン、サンダーバードなどを発売し大ヒットしました

1958年にはフォードとマーキュリーの中間ブランドのエドセルを発売しますが、大失敗のブランドとなり早々にエドセル・ブランドは終了しました。

1960年、フォード家以外の初めての社長、ロバート・マクナマラが就任。その年、コンパクトカーのファルコンを発売しヒットしました。

1964年にはマスタングを発売し大ヒットしました。

1970年、リー・アイアコッカが社長就任。アイアコッカはフォード退職後、クライスラーの社長に就任しています。

1978年、史上最高売り上げと22億ドルの利益を達成し、翌年1979年、マツダと資本提携し傘下に置き小型車の開発・生産を開始しました。

1985年、中型車トーラスを発売し大ヒット。

1989年、イギリスのジャガー・ランドローバーを買収、その後、アストンマーチン、スエーデンのボルボも買収。これらのブランドを統合した会社PAG(プレミア・オーモービル・グループ)を設立。

1990年代は経済が活況でガソリン安と相まってピックアップトラックやSUVが多く販売され経営は好調でした。

2001年にフォード家のウイリアム・クレイ・フォード・ジュニアが会長兼CEOに就任し、アラン・ムナーリが社長になりました。

アメリカの同時多発テロによりアメリカ経済が急激に悪化し、原油価格の高騰と相まってアメリカ市場でのフルサイズ・セダン、SUV、ピックアップトラックが燃費の悪さから販売不振に陥り経営が悪化しました。

これを契機にアラン・ムラーリ社長は「ONE FORD」新経営戦略を策定し世界各地で行っていた商品開発・生産を全世界共通化しモデル数も絞り込み、品質・環境・安全・洗練の4つのキーワードで世界で通用するグローバルプロダクツを開発・生産しました。

2007年、アストンマーチンの株を売却しましたが、株式の一部は継続して保有しました。

2008年、ジャガー・ランドローバーを売却しました。またマツダ全株式の33.4%以上を保有していましたが保有株の大半を売却し、マツダとの関係が終了しました。

2010年にはボルボを売却し、PAG(プレミアム・オートモービル・グループ)が消滅しました。欧州フォードとの車種統合を図り北米でフィエスタを販売開始し、その後、フォーカスなどの小型セダンを順次北米市場に導入しました。

一方、フルサイズセダンのクラウンビクトリアの生産を終了させました。

ONE FORDの理念の基、ガソリン・エンジンは「エコ・ブースト」、ディーゼル・エンジンは「エコ・ブルー」と名付けた小排気量で燃費が良くパワーがあるエンジンを開発・生産を開始し、全モデルに採用しました。

マーキュリー・ブランドを廃止しました。

2016年、100年以上続いた日本市場から撤退しました。

2018年、トーラスの生産を終了しこれをもってフォードは北米で全てのセダンの生産を終了しました。またSUV、ピックアップトラック、商業車の生産に集中し北米でのこれらの車の生産比率を90%程度にすると発表しました。これにより、北米で生産されるフォード車はマスタング、フォードGTを除き全てがSUV、ピックアップトラック、商業車になる事になりました。

2020年に入り世界的なコロナウイルスの蔓延に伴いアメリカでも工場の閉鎖が行われ、フォードも全ての生産を停止しており、株価も5ドル前後まで落ち込みこのまま株安が進めば存続の危機に立たされます。

一日も早くコロナウイルスとの戦いに終止符が打たれ、世界中の人達がコロナウイルスの脅威にさらされること無く、産業活動が再開される事を切望します。